国産OS「TRON」の奇跡 Vol.1.2「教育用パソコンの夢の跡」

前回の続きとして、BTRONと教育用パソコンについて、私の体験や感想を語るお気持ちエントリーです。

TRONについての世間(ネット上)に流布している誤解や誇張は、Koichi Nakashima氏がQiitaで完膚なまでに論破しているので、私の出番はありません。
https://qiita.com/ko1nksm

それでも私が当時の記憶と共に、独自調査を元にTRONの幻想を指摘するエントリーを続けるのは、やはりまだ以下のようなインプレッション目的のデマ動画達に対抗するためです。

リンクは張りませんが、タイトルの一部を載せておきます。

「Windowsに勝利!天才日本人が作った純国産OS【TRON】が世界標準規格に認定」
「Windowsに圧勝!日本製OSがとんでもないことに!」
「米国に潰された?! TRON真実の歴史」
「日本産OSが世界で一番使われているって知ってました?」

ベースの言説はうすっぺらい日本スゴイ論。
滑稽ですよね。彼らがターゲットにしているであろう思想クラスタが嫌う歴史ねつ造を自ら行ってるのですから。

私は過度な日本スゴイ論も日本ダメ論も与しません。事実ベースで検証すべきですし、そもそもスゴイ/ダメの判断基準なんて時と共に変化する物です。
そういったフィルターをなるべく外して、現実事象を観察しないと、自分や社会の成長に繋がらないと愚考します。


超漢字?

超漢字は、TRONプロジェクトから生まれたパソコン用OS「BTRON」の製品名。
1999年に初代が発売され、約18万字という世界最大級の文字セットを売りに「超漢字2」「超漢字3」と版を重ねた。2006年発売の「超漢字V」からはWindows上の仮想マシン(VMware)で動作する方式に移行し、2026年現在もパーソナルメディア社から販売が続いている。売りは多漢字・多文字機能。TRONコードによる約18万字の文字セットで、JIS漢字、中国簡体字、台湾繁体字、韓国漢字からGT書体、トンパ文字、点字まで一つのOS上で扱える。アラビア語の右書きやインド系文字の結合処理は未実装。実態は多言語というより多文字だ。
しかし、ブラウザはHTML 3.2止まり、SSL/TLS非対応、動画再生不可——技術的には2000年代前半で時が止まったOS。
四半世紀にわたって販売が途切れていないこと自体が、皮肉を込めてある種の驚きではある。

正確には、超漢字はBTRON仕様のOSすべてを指すわけではない。超漢字はBTRON3仕様(32ビット)のPC/AT互換機向け実装であり、パーソナルメディア社が松下電器のBTRON OS(ET-Master)を移植・発展させた系譜の製品だ。それとは別にμBTRONという16ビットCPU向けの簡易版規格があり、1987年の松下電器によるBTRON試作機や、1990年の教育用パソコン「パナカルET」はこちらに該当する。TRONチップが完成しなかったため、本来の32ビットBTRON構想を16ビットCPUで代用したものがμBTRONだった。

ぶっちゃげややこしいです。AIに手伝ってもらいながら、できるだけ短くまとめようとしましたが、TRONチップを含めた歴史解説となると、今回の議題の範疇を超えますので控えさせていただきます。

上記の動画内で出てくるPC用OSは「超漢字」と思っておいて結構です。

2ちゃんねると超漢字

私が「超漢字」を知ったのは、2ちゃんねるの政治経済系の板でした。もうおわかりですよね。日本スゴイ論の発祥の一つです。

大体が、
「日本独自の高性能PC用OSを米国や国内の反日企業が潰したが、組み込み用OSのITRON等は生き残り、携帯電話などで大きなシェアを取っている」
というもの。

あれ?上記の動画内の主張そのまんまじゃね?私がTRON上げ動画を見た時のゾンビ感覚は、この頃の体験から感じた物です。

当時の私は、地方の小さなWeb屋さんを体調不良で退職し、これまたブラック環境の雇われ居酒屋店長になってるという、なかなかキマっている人生を歩んでいる途中でした。そのワーカーホリック状態の中、短い余暇をVMwareにLinuxを入れたりNASを組んだりとスクリプトキッズもどきのことをして遊んでいましたので、最低限の知識と技術は維持している状態でした。

またさらにさかのぼると、一般用BTRONがリリースされた頃は趣味からPCが外れており、当時の情報は知りませんでした。

その上で2ちゃんねる上から得られた「超漢字」への私の感想は?

「ワープロ?」


OSの存在意義

2006年発売の「超漢字V」時点で、そのアーキテクチャと機能は2000年代前半の水準で凍結されており、フォルダのないネットワーク構造のファイル管理という先進的な設計思想も、肝心の管理すべきアプリケーションやファイルが乏しく、宝の持ち腐れだったのです。

私自身もホビーパソコンやコンシューマーゲーム機を一通り遊んで学んできた経験から、シェアの取れたソフトウェアが動かないOSなんぞ何の意味も無いと肌で感じてました。「超漢字」というOSには似つかわしくないネーミングも、裏を返せばBTRONを使ってもらえる動機が「約18万字の文字セットが使える」しかなかったことの表れだったのでしょう。

昨今何かと話題のWindowsとMicrosoftですが、ユーザーインターフェイスやプライバシー面の諸問題を除けば、基本カーネルの安定性や性能そのものに大きな不満を持つユーザーは少ないはずです。

そしてそれらの基本的問題をクリアしたOSが超漢字だったとして、Officeが使えず、まともなモダンブラウザを持たない、TRONコードによる約18万字の文字セットが使えるOSに乗り換えますか?

私は「超漢字」の話題が上がる度に、2ちゃんねるによく書き込まれた一言が刺さりました。

「それで超漢字はエロゲ動くの?」

ソフトが無ければOSもただのPC鑑賞ソフトでしか無いです。


私にとっての教育パソコン

TRONの教育用パソコン採用などの騒ぎをよそに、私の子ども時代のパソコンライフはX68000で頂点を迎えました。あいかわらず独自プログラミングは作れず、雑誌に載っていたX-BASICのゲームや音楽コードを入力したり、OSのHuman68kを触って構造を調べたり、ゲームをしたりしてました。

しかし高校で部活に真剣に打ち込むようになると次第にパソコンを触る時間は少なくなり、高級ゲーム機になってました。
同じMC68000が搭載されたメガドライブが発売されると、ゲームしかしないパソコンを買い換える意義も無くなりました。

時は流れて、1999年。いきなり自作PCでWindows98SE機を組みます。OSはCUIからGUIになり、昔の環境とは一新してました。

しかし私は半年ほどで小さな職場内ですが「パソコン博士」になっていました。

なぜでしょうか?

それはX68000で未熟ながらCUIの基本操作を体験し、OS内部を意味なく探検する中で、Human68kに実装されていたMS-DOS互換のファイル構造やシステムの基本を肌で覚えていたこと。さらにHuman68k標準のビジュアルシェルはMacintoshの漢字Talkを手本に作られており、「アイコン」「ウィンドウ」「ゴミ箱」といったGUIの基本概念に触れられたこと。WindowsのインターフェイスがMacintoshの流れを汲んで成立していた関係で、Windows98SEへの対応も早くに達成できました。

私にとっての教育用パソコンはMSXやX68000であり、何より現物を低スキルながら触れて動かすことによる、探索型学習にあったのではないかということです。もちろん、Windows98SEにいたるまでの技術系譜にX68000が偶然乗ってたことも大きいです。

そういう意味ではTRONの教育用PC導入はナンセンスですし、現場の先生方や一部メーカーが反対したのもうなずけます。

ですが、どの時代もどのジャンルにおいても学ぶためには興味を持ち、触れて考え、調べて実行するというサイクルが不可欠であり、その起点となるのは「面白そう」という素朴な好奇心と、それを受け止められる適切な題材の存在です。教育に必要なのは国産かどうかというラベルではなく、学ぶ者の手が自然と伸びる環境を整えることではないでしょうか。

いろいろと語りたいことはありますが、また止まらなくなりますので、Xにて思いついたときにポストします。

次回は、組み込みTRONの欺瞞について、今回と同じように私の体験と多少の考察を交えて語ろうと思います。